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bunbun-hの日記

お気楽ブログ

岡山へ、そしていくつかの奇遇のこと

12月10日(土)曇時々晴

 

岡山市に行く。夫婦2人の日帰り旅行。春からの思いがようやく実現する。

 

ところで、静岡県伊東市に重岡建治さんという彫刻家がいるのだけど、その伊東市には私のいとこも住んでいて、いとこはずいぶんと前から重岡さんには懇意にしてもらっている。

 

今から50年ほど昔には、そこで職を得たことで暮らし始めた伊東市のその職場において、いとこの同僚となった人が重岡さんの弟であり、いとこの両親も(母親は私の父の姉)、重岡兄弟の母親も、伊東市から600キロも離れた私の暮らすこの町の(平成の合併前は重岡のお母さんは隣町の)生まれ育ちという奇遇のようなことがあった。

 

こちらもすでに35年も昔のことになったのだが、東京で大学生活を送っていた私は何度もいとこの家に遊びに行ってはそこに飾られている重岡さんのいくつかの作品を目にして、いとこからはその作者のことを聞いていたし、私の父親がいとこに案内されてそのアトリエを訪ねたこともあって、我が家にも重岡さんの小さな彫刻や作品集があったので、その作品には若いころからずっと馴染んでいた。

 

そして今、我々夫婦はこの年末に関東方面への旅行を計画している。大学の4年間を過ごした世田谷界隈などを歩いたその足で伊東市のいとこの家にも立ち寄る予定なのだが、いとこにはそのときに可能であれば重岡さんのアトリエを訪問したいと連絡している。お目にかかることができなくてもアトリエの外観だけでも拝見しておきたいと伝えている。

 

さて、その関東への旅行を目前とした今回の岡山でのこと。

 

昼前に岡山駅に着き、すぐに駅から1キロばかり歩いて、この春から息子が働き始めた会社の社屋を道路から眺め、さらに1キロほど先の息子のアパートまで行きその周辺を歩いた。息子の会社とアパートを見てその周辺を歩く。これが今回の旅行の主な目的だった。

 

それから、一緒に夕食をとるための息子との待ち合わせ時間までに市内散策をしようと、まずは岡山城に向かって歩き始めた。若いころから気ままに歩き回る旅行ばかりをしていることもあって方向感覚には自信があったのだが今回は違った。駅から東へ向かったところにある岡山城なのに、南にあるものと思い違いをしていたことも大きく影響した。頭の中で思い描く市内の地図ではやがて出くわすはずの路面電車の走る大通りにいつまで経っても辿り着かない。どこをどう間違ったのかと考えながら歩いていたら、市内を北から南へと流れる旭川にぶつかった。岡山城はこの旭川を内堀の一部としているのでこの川に沿って歩けば良いのだが、現在の地点がどこなのか分からないし、遠くの景色を見てもその方向が川の上流なのか下流なのか判断がつかない。

 

「すみません。岡山城ってどっち方向ですか?」 

 

通り過ぎるのは自動車と帰宅途中の自転車の学生ばかりで道を尋ねることもできず、河沿いの住宅地を歩きながらようやく玄関先の花に水をやっている女性を見つけて聞いた。

 

「向こうですよ」と女性が指差す方向へと河沿いの道を歩いて行くと、やがて城下町の名残を示す案内板などが散見され始め、ほっと一息ついたその先には馴染みのある姿をした大きな野外彫刻が立っていた。

 

それは重岡建治さんの彫刻だった。

 

数十、あるいはそれ以上の数が国内外の広場などに設置されている重岡さんの野外彫刻だが、実際にこの目で見たのはこれが初めてのことだった。

 

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                                                            「 家族(1988)」

 

追記・・・

今回の岡山への旅行ではもうひとつの奇遇があった。

私のかっての職場のある先輩がいて、その先輩は民俗学や考古学の研究者でもある。

息子が大学1年のちょうど今頃の季節(※)に夫婦で奈良の橿原市桜井市あたりを歩き回り、その帰路に大阪の息子と会う旅行をした。橿原市では橿原考古学研究所附属の博物館にも行った。

その旅行では我が家から30分のところにあるバス停から高速バスに乗ったのだが、そこにはたまたま京都の大学の社会人コースでの短期講習に出掛けるためにバスを待っている先輩がいて、バスの中でこれから行う我々夫婦の旅行の話などをした。

(その先輩は現役のころは埋蔵文化財の発掘調査の担当をしていて、若いころには橿原考古学研究所で研修をしたことがあると言うし、その先輩は民俗学を専攻していた息子の大学での教授と旧知の仲であったことや、その他にもまだいろいろなつながりが絡み合うのだが、絡み合っているだけに煩雑な文章になるのでそれらは省略する)

そして、息子が社会人1年生になった今回の旅行では、我が家から45分のところにある、奈良に行ったときとは違うバス停から高速バスに乗ったのだが、終点の広島駅で我々より先にバスを降りて歩いている男性を見て女房が「あれって〇〇さんじゃない?」と先輩の名を言った。私はバスに乗るときに列の中のある後ろ姿が先輩じゃないかと一瞬思ったのちにそれを打ち消していたのだが、それは先輩だったというわけだ。
日帰りの岡山旅行の翌日である今日の朝、先輩の携帯に電話すると今は考古学の勉強のために神戸にいると言う。昨日は同じバスに乗っていたし、4年前もそうだったという話をすると先輩も「面白いものだなあ」と電話の向こうで答えた。

 

(※)あとから考えてみたら、大学1年ではなくて大学2年のときだった。でも、大学1年の12月にも奈良県に行っていて(初のフルマラソン)、その帰路の途中で息子に会い、先輩から息子へということで預かっていた先輩のタタラ製鉄かなにかについての雑誌掲載記事のコピーを手渡しているので、それらすべてを一連の流れとして訂正しないで置く。